イタリア出張記【8日目】
イタリア出張記【8日目】

イタリア出張記【8日目】

 6月2日。イタリアとお別れの日である。朝、ホテルの朝食会場は日本人の団体客でごった返していた。ちょっとしたトラブルがあったのだが、その団体を引率している添乗員さんのおかげで解決。やはり頼りになるのは言葉が通じる人ですな。

 チェックアウトの手続きを取った後、大きな荷物をホテルに預ける。ふと壁を見るとカリカチュアが沢山飾られていた。カリカチュアはフランスのものだと思っていたのだが、古代から世界中で描かれていたそうだ。

 午前中、ヴィンテージ自転車のライドイベントで使用するウェアを探しに行く。前日にコーディネーターの近藤さんが既に目をつけていたお店があるとのことでそちらの店に行ってみる。そこは服のワンダーランドとも言える場所であった。

 店名は「QUINTESSENCE」。フランス語で「本質」と言う意味らしい。オーナーが自らデザインした商品を中心におしゃれなウェア類が所狭しと並んでいる。まずは当店代表のウェアを探してもらう。使用用途とイメージを伝えるとこんな感じでどうかな?と素敵なウェアを出してくれた。サイズもほぼピッタリなもの。姿を見ただけでサイズ感を想像出来るのは流石である。いくつかのパターンを試着してボーイッシュなコーディネートで決定。シューズだけは直感的によいなと思ったものがなかったようだったが、オーナーからこんな感じのシューズを買えばいいとアドバイスをもらっていた(スニーカーと言われていたような気がする)。

 次に私。こちらのリクエストを伝える。ウェアの使用用途は言うまでもなく当店代表と一緒。何パターンか試着してこれだ!と言う組合せがあったのでそのウェアを購入することで決定。私も何故かシューズがしっくりこなかったので靴は別途購入することに。出来ればフィレンツェの靴屋で調達したかったが、値段と時間が折り合わず、断念。空港が最後のチャンスかも知れぬ。

 購入した商品をお店に預け、フィレンツェの街中で最後の歴史授業(?)を受ける。ドゥオーモ周辺は前夜と違って非常に人が多い。サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のファサードの12使徒(エヴァンゲリヲンではない)やサン・ジョヴァンニ洗礼堂の金ピカの扉である「天国の門」を見る。天国の門の前には某国の団体旅行者が張り付いていて周囲の観光客が写真撮影が出来ずに困っていた。今回の出張で何度か見た光景がここにもあった。

 当時の識字率は非常に低く、文字ではなく絵(像)で民衆に知らしめると言う手法が一般的であったようだ。マルコからは「江戸時代の日本人の識字率は世界的に見ても異常なほど高い。」とのこと。ではこの時代の庶民は何をもって知識などを得ていたかと言うと絵・行列・祝祭・劇などの視覚と体験であった。

 フィレンツェ最大の観光地からフィレンツェ市役所へ移動。この日は共和国記念日(王政から共和国制に移行した日)で市役所前で大々的にイベントが行われるようである。

 その市役所の外壁に多くの彫像がある。世界史の教科書に出てくるあの人この人の像がずらりと並んでいる(写真はレオナルド・ダ・ヴィンチ、ダンテ、ボッカチオ、右側がアメリゴ・ヴェスプッチ)。この中にメディチ家の人も混ざっている。メディチ家は祝祭や行列に非常に熱心で、特にキリスト教の三博士の礼拝の行列や婚礼、勝利の祝典などを華やかに行っていた。まさに前述のような体験をすることが今でも出来るのだ。

 メディチ家は絵画や彫像の中に自分たちを紛れ込ませて聖人たちと同等の人間だと庶民に信じ込ませる意図もあったようだが、実際には都市の評判や噂話、ギルドや近所の人間関係などを通じてメディチ家への不満や批判も共有されていた。暴動や陰謀、反メディチ的な動きも何度も起こっており、「受け身の群衆」ではなかったとも言える。

 メディチ家は自宅から職場までの間、約4キロメートルを周囲から見えないように囲ったことは暴動の群衆や暗殺者の襲撃に対する備えだったとのことでまさに「受け身の群衆」ではない庶民がそこにいた証明でもある。ちなみにその移動通路の端の部分が世界遺産のヴェッキオ橋である(実際に囲われたのはヴェッキオ橋の上のヴァサーリの回廊)。前夜にパルチザンの歌を歌っていた群衆もこのような「受け身の群衆」ではない人たちの記憶を刻んでいるのかも知れない。

 一旦ホテルに戻り、預けた荷物を受け取る。このホテルのポーターさんは小柄ながら非常に優しくて力持ち。笑顔で私たちを送り出してくれた。

 ホテルから少し歩いてフィレンツェ駅前からトラムに乗り、フィレンツェ空港に向かう。停留所の券売機で購入したチケットを機器に通して印字。地元の人たちは携帯電話を電子チケット用の機器にかざしていた(コンタクトレス決済)。途中から乗車してきたカリブ系の女性陣は混雑のため機器に近づくことが出来ずに危機の近くにいた女性に携帯電話を渡して乗車券の購入とバリデーションを完了させていたが、この女性陣、私の背中に身体をぴったりとつけて件の女性に自分の携帯電話を渡していた。あまり考えたくないことではあるがイタリアでは後ろからぶつかられたら背中に荷背負ったカバンから何かを盗まれていることがあると聞いていたのでまさかこの人たちも…と思ったがすぐに杞憂とわかった。そもそもその時はスリ対策で背中にカバンを背負っていなかったのだ。一瞬でもつまらないことを考えた自分を恥じた。疑心暗鬼はよくないな。

 空港に着いてチェックイン。実際にはアプリで事前にチェックインしていたので荷物を預けるだけ。自転車を購入した直後に自転車を運送してくれるかコーディネーターの戸嶋さんが問い合わせて下さっていたので自転車を預けるのは問題はなかったが、「自転車は大型貨物になる。あっちに黄色いジャケットを着た奴がいるんだが、そいつに自転車を渡してくれ。」と言われた。その「あっち」に黄色いジャケットを着た人がいない。20分ほどして先ほど自転車を預けようとしたチェックインカウンターの方から黄色いジャケットの人が登場。話しかけて事情を説明しようとしたが「そこに置いとけ。」の一言で終了。ある意味仕事が早いが何か違う。ラゲッジクレームに羽田までのタグがついていたが本当に羽田まで来てくれるかちょっと不安だが信じるしかない。

 このあと、イタリアで仕事が残っているマルコとお別れ。翌日から日本人のアテンドをするそうだ。

 セキュリティチェックなどを済ませてイタリアともお別れ。と、その前にターミナル内にあると言うエロイカショップに向かう。ショップはターミナルの一番奥、ちょうど私たちが搭乗する飛行機の待合所のそばにあった。意外と商品の品揃えが豊富で驚いたが、ここで買い物をする人がいるのかどうか。このショップでも買付をする。靴を買うことをすっかり忘れていて気づいた時には機上の人になってからであった。

 フィレンツェからパリへ飛び、シャルル・ド・ゴール空港で出境手続き。ひと昔と違い、あっさり手続きは終了。定刻より少々遅れて羽田行きの飛行機は飛び立った。長かったような短かったようなイタリア滞在。終わってしまうと寂しいものである。旅(仕事だけどね)はそんなものか。

 翌日の夜には羽田に到着する予定だが、この日関東は台風が直撃とのこと。天気予報では午後には台風は去って天候は回復するとのことであったが台風の吹き返しの風は大丈夫なのか不安になる。ここは天気予報を信じよう。

 

2件のコメント

    1. Foglia,Monti e Bici

      こちらこそ延々と続く駄文をお読み頂き、ありがとうございました。
      イタリア、楽しいですね。私もまた行きたいです。

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