ここで簡単にイタリアの歴史の一部について紐解いてみる。以下はイタリアの歴史を私なりに解釈したものであり、当社全体の意見、それ以外の人等の意見ではないことを最初に断っておく。
今回訪れたトスカーナ地方は中世ヨーロッパの中で「軍事的には都市国家間の戦争が頻発する前線地域」、「経済的には高付加価値な農業・手工業・金融が集積した富裕地域」と言う二面性をもった空間として認識され、重要な拠点・地域として都市国家の侵略を何度も受けることとなる。
経済的に見ると富裕地域とは言え、トスカーナ地方は小作人が多く住む地域であり、貧しい農民が富豪に不満を抱くのは不思議なことではない地域である。しかしながら収入の半分を富豪に納付する苦しい生活が続きつつも土地や家屋や家畜を与えられある程度の生活インフラは保証されていたこともあって戦争の度に酷い犠牲を払っても元の場所に戻る農民がほとんどであったそうだ。この「半封建的」ともいわれる構造がトスカーナ農村の貧困と社会的不平等の大きな要因であったが、20世紀になるとこの構造を維持しつつも収入の分配率の変更、労働環境等の改善を求めて左派勢力が力を強め、小作人の地位向上が図られてきた。このような背景もあって第二次大戦後のイタリアは反ファシズム運動もあって左派系の政党が圧倒的支持を得ていた。当時の様子はネオ・レアリズモの代表作である映画「無防備都市」や「自転車泥棒」を観るとその一端を垣間見ることが出来よう。
小作人の地位向上は労働条件等の改善にとどまらず、道路やスーパーマーケットと言った社会インフラの整備や地域のお祭りの開催にまで及んだ訳だが、これらを実施した左派勢力が地域で多くの支持を集めることとなったのは必定の道のりであったと推測される。実はエロイカもこの流れを汲んだイベントなのだとか。つまり、農民の生活向上と左派勢力の関係は「左派が上から理念を教えた」と言うより「生活防衛の運動の中で、左派と農民が一体化していった」という方が実情に近いと言える。日本ではちょっと考えにくいのであるが、イタリアの左派は伝統や遺産を守ると言った保守的な思想もあるとか。
最近の地政学的な問題や政権運営能力の低下等の理由から右寄りの政党が多くの支持を集めているがそれでも全体的には左派政党の支持が多いことがイタリアの特徴とも言える。シエナで見た若者がパルチザンの歌を歌っていた姿は思想的なものではなく地域の象徴としての歌として歌われていると聞いた。ちなみに往年の名選手ジノ・バルタリはトスカーナ地方の典型的な小作人農家の出身、ファウスト・コッピは地域こそ違うが農民が出自の選手である。
トスカーナ地方のストラーデ・ビアンケは元々は小作人が自転車などで畑に移動した道。さらに歴史を遡ればトスカーナ地方を巡る攻防で様々な国などの軍隊が通り過ぎた道。そんな道を走るエロイカモンタルチーノ。歴史を振り返りつつ走るとまた違った風景が見えてくるであろう。