イタリア出張記【3日目】
イタリア出張記【3日目】

イタリア出張記【3日目】

 5月28日。この日はジロ・デ・イタリア第18ステージを観戦する。グランツールのひとつであるジロの観戦は念願だった訳で欧州の自転車文化を知る良い機会になると考える。マルコの実家を出てゴール地点であるピエーヴェ・ディ・ソリーゴに向かう。途中でカフェに立ち寄って軽食をとる。反射炉を改装したと言う日本では有り得なさそうなお店。立って飲食するのと着席して飲食するのでは価格が異なると言うのも日本ではあまり見かけないスタイル。日本で一時流行したマリトッツォはこちらでは定番のお菓子であった。

 途中、ピナレロ本社がある場所に向かい、ショールームを見学する。ピナレロ本社は工場もあるがこちらは時間の都合で立ち寄らず。ショールームの1階には日本では未発売のe-bikeが展示されていた。その奥は工房やヴィンテージスタイルの展示、2階に通じる階段には過去の大きな大会で優勝した歴代の選手のサインが入ったジャージなどが展示されている。2階はアクセサリー類の販売、ドリンクスペースがあった。こちらでシャツを購入してか改めてピエーヴェ・ディ・ソリーゴに向かう。こちらで地元のクラブと思われるピナレロ乗りの集団と遭遇。後で知ることになるがこの集団はピエーヴェ・ディ・ソリーゴに向かう途中の集団であった。

 ピエーヴェ・ディ・ソリーゴは人口約12,000人ほどの基礎自治体(コムーネ)。日本で言えば、田舎の街道筋の店をもう少し少なくしたような感じの街である。会場までは少し歩くこととなるが、観戦者用に無料の駐車場が用意されているのは有難い。街中を抜けてこの日のゴール地点へ。街中ピンクの装飾で綺麗だ。

 先頭のゴール推定時間は17時過ぎ。現地に到着したのが昼過ぎだったので昼食をとることに。ゴール近くのバルで食べたのはハンバーガー。イタリアに来てハンバーガーか?と思ったが、イタリアでは肉を豪快に食べる習慣があると後で知ることになる。お店の席は観戦者のほぼ全席が予約席となっていたが、記念碑が目の前に建ってレースが見えない席は自由席となっていたのでそちらの席で食事をさせて頂いた。

 ゴール近辺には大型モニターが設置されてレースの様子を流している。沿道は既に規制されていて移動するのもままならない場所も。そんな場所を車椅子の人が通ろうとしていたが、あのあとどうなったことやら。

 土産物屋でグッズなどを購入して観戦場所を決める。ゴール手前50メートルほどの場所が空いていたのでその場所を確保。周囲では椅子を出してトランプに興じているオランダ人の若者や傍若無人なスペイン語を話すおじさんなどがいた。

 ゴール推定時間まで5時間ほどあったのだが、それまで果たして時間を潰すことが出来るのだろうかとちょっと心配になったがそれは杞憂と終わった。子供達のレース、スポンサー企業のグッズ配り、レジェンド達とのライドイベント等飽きることはなかった。DJも登場して沿道を盛り上げゴール時間に向かって気持ちが上がってくるように煽る煽る。ちなみにDJからインタビューめいたクイズを出されてグッズを頂いた。優勝インタビューが開催される場所では子どもたちの自転車教室が開催されていたが、自治体や警察、企業等の協力で子どもたちに対する自転車に対する知識向上がなされているのは自転車文化が根付いたイタリアらしいなと思った次第である。

 さてレースとは言うと2人の選手が逃げてこのままゴールかと思いきや、最後の最後で逃げが集団に吸収されて集団スプリントに。雨が降り出しスリッピーな路面かつ複数のクランクがあるゴール直前までの区間でスプリントが続き最後はベルギーのヤスペル・ストゥイヴェン(スーダル・クイックステップ)に引かれてきたマニエが3勝目を挙げた。彼は区間1位で50ポイントを獲得し、1日でポイント賞のマリア・チクラミーノを奪い返す事に成功した(こちら)レース終了を知らせる教会の鐘が打ち鳴らされていたのが印象的だった。

 レース終了後、インタビューの舞台には行かず、チームバスが駐車している場所まで2キロメートルほど歩く。ガイドのマルコの知り合いがいるとのことでマルコは早足で行ってしまい、現地に到着した時に若干迷子になったが彼はUAEチームのバスの前にいた。何とUAEチームのGMとお話をしているではないか。日本のチームにも所属し、日本選手権でも優勝した経験のあるGMとお話しできて感激。ツールドフランスと違って観客等はチームバスに近寄り放題なので地元の子どもたちなどがサインを貰いに来ていた。中には犬連れで来ているご婦人も。食事をしている選手と普通に話をしていたが、あの人は誰だったのか。

 また歩いて車を止めている場所まで移動。別行動していた皆様の落合って宿へ移動。ジロの観戦渋滞にハマるかと思いきや、途中の踏切で鉄道車両が止まると言うアクシデントでの渋滞に巻き込まれた。こんなアクシデントも楽しい…訳はなくとにかく大変な時間のロスになった。そのため、宿泊場所であるマルコの実家に到着したのは21時過ぎ。そんな時間になったが夕飯はしっかりと用意されていた上にマンマが私たちと一緒に夕食をとるために待っていてくれた。食事はお米のサラダと言えそうなもの。米、ピクルス、チーズ、ハム等を混ぜたもの。あっさりして夜遅くに食べるにはちょうど良い重さだった。

 翌日はエロイカ発祥の地、ガイオーレ・イン・キャンティに向かう。

2件のコメント

    1. Foglia,Monti e Bici

      ありがとうございます。まだまだ続きますがどうぞご期待ください。
      出張記連載のあとでお店の紹介や観戦記録やイベント参加記録を追加する予定です。

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