6月3日。イタリアからフランス経由で日本に帰国する日。現地時間だと2日に出発したことになっているが、日本時間に直すと日が変わった直後にイタリアを出発、フランス経由でその日の夜に日本に到着すると言う感じ。この日関東には大型の台風が接近し暴風雨となるとの天気予報。ただ、夜には台風も去って風も収まるとの予報が出ているのでそれを信じることに。

往路と違って北極回りではなく東欧、カザフスタン、中国、韓国上空を飛ぶルート。偏西風の影響からか、到着時間がどんどん早くなっていく。防衛上の理由からかカザフスタン上空からは窓はシェードが下ろされていたので地上がどんなふうに見えていたのかはわからない。夜間飛行なので何も見えないとは思うが。

中国上空に差し掛かった頃には日ものぼってきていたのでちょこっとシェードを上げてみる。世界地図で見たような風景が眼下に広がっていた。

羽田には予定より30分ほど早めに到着。着陸寸前に何故か機体が斜めに傾いた。機内から悲鳴も聞こえるほど。行きのシャルル・ド・ゴール空港行きの飛行機も2度左右に機体が振られて着陸したがエールフランスは着陸直前に機体を振るのがデフォルトなのか。恐怖としか言いようがない。
機内預けとした自転車を受取るためにずっと大型荷物の受取場所で待っていたにも関わらず、ターンテーブルに乗せられて何周かしていたと言うハプニングはあったものの無事帰国。今や本当にデジタル化が進んで出国も入国も簡単である。コーディネーターの近藤さんと戸嶋さんとはここでお別れ。
羽田空港からは京急に乗って帰る。直通電車で帰ることが出来るのが本当にありがたい。ずっと座りっぱなしだったので立って移動。途中で座ることは出来たが、足のむくみを取るには立っての移動がちょうど良かったかも。逗子・葉山駅からバスで移動し無事帰社。洗濯物を取り出して自宅に戻った。楽しい時間も今日で終わり。明日からまた普段の生活に戻る。
マルコ、近藤さん、戸嶋さん、そしてイタリアで出会った全ての皆様に感謝したい。そしてまたいつの日かイタリアに。
最後に。亡母は昔のイタリア映画が大好きだったそうで私が生まれる前には亡父とよく映画を観に行ったそうだ。「苦い米」、「鉄道員」、「自転車泥棒」、「道」などの名前をよく聞いたものだ。勝手な思い込みではあるが、仕事とは言えイタリアに行くことが出来たことはこれも運命なのかも知れない。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。